アカデメイア派懐疑主義
ティモンからアイネシデモスまでの断絶期間中に懐疑主義に大きな貢献を果たしたのは、プラトンが創設したアカデメイアであった。
但し、プラトン自身が懐疑主義者だったわけではなく、その後の学頭アルケシラオスがストア派を反駁するために懐疑主義に方向転換したからである。
ピュロン主義の重要な用語である「判断留保」もアルケシラオスの考案ではないかと言われている。
初期のアカデメイア派懐疑主義の特徴は、対人論法という議論の形式にあった。
これは、プラトンの師ソクラテスが行っていたように、相手方の主張を仮定的に前提とした上で、そこからどのような結論が導き出されるかを探究する手法である。
アルケシラオスおよび同じくアカデメイア派のカルネアデスらが引き出した結論は、仮にストア派の前提が承認されるならば、彼らは不可知論に陥ってしまうということであった。
但し、プラトン自身が懐疑主義者だったわけではなく、その後の学頭アルケシラオスがストア派を反駁するために懐疑主義に方向転換したからである。
ピュロン主義の重要な用語である「判断留保」もアルケシラオスの考案ではないかと言われている。
初期のアカデメイア派懐疑主義の特徴は、対人論法という議論の形式にあった。
これは、プラトンの師ソクラテスが行っていたように、相手方の主張を仮定的に前提とした上で、そこからどのような結論が導き出されるかを探究する手法である。
アルケシラオスおよび同じくアカデメイア派のカルネアデスらが引き出した結論は、仮にストア派の前提が承認されるならば、彼らは不可知論に陥ってしまうということであった。
update:2010年07月24日
